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河端 照孝 Kawabata Terutaka
柳心照智流

昭和15年(1940)生まれ。東京都出身。若き日から柔道、剣道に励み、19歳のおりに天真正自源流の上野源心に入門、熱心に通い詰め、免許皆伝を得る。師の逝去後、長く国際武道院などを通じて流儀の普及、発展に尽力する。平成に入り、東京都北区赤羽に正誠館道場を開設。師のご子息が新たに宗家を襲名したことを機に、平成18年(2006)、新たに「柳心自源流」として独立。同年、高弟の矢作訓一へ二代宗家を託す(その後、流派の理念をより明確に示すため平成23年に「柳心照智流」に改称、現在に至っている)。令和5年(2023)、三代宗家として渡邊喜雄を指名し、主に海外指導を矢作が、国内指導を渡邊が担う新体制を確立し、指導の第一線を離れるも、精神的な支柱として後進を見守る。

長くジャーナリストとして活躍し、武道に関しては“知る人ぞ知る”という謙虚さを貫いたが、若くして戦後刀剣界の重鎮の一人である佐藤寒山一門に籍を置き、日本刀文化復興の現場に立ち会う。また、作家・三島由紀夫との親交の中で三島へ自身が学んだ切腹の作法を伝えたエピソードを持つ。また、昭和の終わり頃、当時、若手の刀匠として注目された吉原義人製作の現代刀で、桃山時代の明珍兜に対して見事、兜割りを成功させた逸話も持つ。

一般社団法人次世代芸術文化都市研究機構・理事長。

昭和15年(1940)生まれ。東京都出身。若き日から柔道、剣道に励み、19歳のおりに天真正自源流の上野源心に入門、熱心に通い詰め、免許皆伝を得る。師の逝去後、長く国際武道院などを通じて流儀の普及、発展に尽力する。平成に入り、東京都北区赤羽に正誠館道場を開設。師のご子息が新たに宗家を襲名したことを機に、平成18年(2006)、新たに「柳心自源流」として独立。同年、高弟の矢作訓一へ二代宗家を託す(その後、流派の理念をより明確に示すため平成23年に「柳心照智流」に改称、現在に至っている)。令和5年(2023)、三代宗家として渡邊喜雄を指名し、主に海外指導を矢作が、国内指導を渡邊が担う新体制を確立し、指導の第一線を離れるも、精神的な支柱として後進を見守る。

長くジャーナリストとして活躍し、武道に関しては“知る人ぞ知る”という謙虚さを貫いたが、若くして戦後刀剣界の重鎮の一人である佐藤寒山一門に籍を置き、日本刀文化復興の現場に立ち会う。また、作家・三島由紀夫との親交の中で三島へ自身が学んだ切腹の作法を伝えたエピソードを持つ。また、昭和の終わり頃、当時、若手の刀匠として注目された吉原義人製作の現代刀で、桃山時代の明珍兜に対して見事、兜割りを成功させた逸話も持つ。

一般社団法人次世代芸術文化都市研究機構・理事長。

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