1932年8月1日、朝鮮半島の大邱に生まれる。本名、茂。終戦により、当地で高官を務めていた父に従い日本へ帰国。母の実家である香川県坂出市にて幼少期を過ごす。はじめ柔道を修め、自身で創部した坂出高校柔道部の初代キャプテンも務める。高校卒業後、少林寺拳法と出会い、まもなく総本部へ転籍。草創まもない少林寺拳法の真髄を開祖直々に指導され、若くして助教を任される。1957年、神戸へ渡り、2年後に神戸道院(現、神戸兵庫道院)を設立。以後、神戸の地に腰を据え、その門下からは数多くの道院長、支部長を輩出。特に攻者を自在に崩し投げる柔法の冴えから「崩しの森」との異名をうけ、全国各地にその教えを請う拳士は後を断たない。神戸港島道場支部長として第一線で指導にあたる。大範士八段。本山・本部考試員、本山・本部審判員。2002年10月11日逝去。
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