本名山本留吉(やまもと とめきち)、大正3年3月3日生まれ、秋田県出身。
大東流合気柔術第36代総主。無限神刀流居合術流祖。
14歳にして料理人の世界へ入り、北海道の各地を移動しながら、高級旅館や料亭にて腕をふるっていた。昭和10年代半ば、当時、滝川の佐々木兵庫氏宅へ身を寄せていた大東流合気柔術総務長・武田惣角師範と知遇を得る。惣角の技に感銘を受けた山本師範は、昭和15年頃から武田惣角に入門して大東流を学ぶようになる。昭和16年、内弟子となって惣角の身の回りのお世話をしながら、大東流と剣術の技術を伝授された。昭和17年に教授代理を印可される。同時期に、武田惣角源正義の中から、惣角の角と正義の義の二文字から「角義」の武名と、「大東流合気柔術総主」の称号を授けれた。
惣角の死後も鍛錬を重ね、昭和30年、苫小牧市の自宅の近くに「大東流合気柔術宣布会柔進館」を設立。昭和32年には、宮城県仙台市で開催された全日本古武道大会に大東流合気柔術として出場。
昭和38年、武田惣角から学んだ武術を元に、新たなる居合術の流派「無限神刀流」を創始。昭和52年には、日本古武道振興会の要請を受け、無限神刀流居合術として同会に加入。
また、同門である堀川幸道師範、武田時宗宗師範、久琢磨師範、鶴山晃瑞師範等、大東流関係者とも積極的に交流を持ち、武術の研究に生涯尽力した。昭和57年1月30日死去。