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達人・名人・秘伝の師範たち

松田隆智 Matsuda Ryuchi

中国武術

1938〜2013
昭和13年(1938)6月6日、愛知県岡崎市で生まれる。本名:松田鉦(まさし)。「隆智」は僧名(真言宗)。幼少より武術を志し、自己流で空手の稽古を始めるが、中学生で本格的に空手を習い出す。高校時代には自ら空手同好会を作り、長期休暇時には東京の剛柔流系道場(山口剛玄、大山倍達)へ武者修業に赴く。この折、東都の様々な武術家や空手大家の元を訪ねる。また、卒業の前後には単身、鹿児島へ赴いて示現流剣術に学び、当時の空手界における組手試合で勇名を馳せた和歌山の剛柔流拳武館(宇治田省三主宰)へ住み込み修業を敢行する。
昭和34年4月、21歳の時に大東流合気武術佐川道場(佐川幸義主宰)へ入門。23歳の時には明治神宮で行われていた王樹金の稽古会へ参加する。昭和42年、29歳の時に東京へ移り住み、空手や古流武術の研究・研鑽を続ける中で、昭和44年、全日本空手道連盟主催の第一回全日本大会での演武のため来日した洪懿祥を知り、形意拳の手ほどきを受ける。この縁から翌昭和45年、32歳で初めて台湾へ武術修業に赴く。同年二度目の訪台から、師である蘇昱彰の紹介で、「神槍」の異名をもつ達人、李書文の関門弟子(最後の正式門人)劉雲樵と出会い、李書文伝八極拳を学ぶ。以後4年間をかけて、劉雲樵が伝えた燕青拳、宮宝田伝八卦掌などをも学び、同じく劉雲樵の弟子であった徐紀より杜毓澤伝陳家太極拳を学んだ。また、この頃、佐川道場では三元講習を許されている。
昭和46年には真言宗宝善院で百日加行を行い、僧籍を得て、以後、僧名「隆智」を名乗る。ただ、この頃より様々な論文や書籍などを発表していくが、当初は本名の「松田鉦」を使用している。昭和47年、34歳で初めての著書となる『中国武術─少林拳と太極拳─』が、次いで『丈夫な体をつくる東洋の秘法』がそれぞれ刊行される。以後、中国武術の書籍を次々と刊行することとなる(主な著作:昭和50年、『謎の拳法を求めて』〔初版〕刊行。昭和51年、『図説中国武術史』〔初版〕刊行。昭和53年、『秘伝日本柔術』〔初版。編著〕刊行のほか、各種中国武術入門書を多数刊行)。
昭和49年、東京・八王子の日本空手道謙交塾(岡野友三郎主宰)の道場内にて、「中国武学研究会」を発足、初めて正式に中国武術(主に陳家太極拳)を指導するようになる(翌年冬頃まで同地にて指導)。同年、小学館の「週刊少年サンデー」にて劇画「男組」(原作:雁屋哲・画:池上遼一)が連載開始(〜昭和54年)、武術描写の監修を担う。この縁が、のちに自ら原作を務める漫画「拳児」(画:藤原芳秀)の誕生へとつながる。
40歳を過ぎる頃より盛んに中国大陸を訪問、さらなる武術探究と修業を繰り返す中で、多くの名手高手と親交を結ぶ。昭和55年には朝の子供番組「ひらけ!ポンキッキ」の「カンフーレディー」に出演、陳家太極拳を表演する(これは後に「母と子のカンフーレディー」として太極拳や螳螂拳の動作を修めたビデオがポニーキャニオンより販売される)。昭和57年、武田鉄矢による原作・脚本・主演の映画「刑事物語」に向けて、武田へ螳螂拳を指導する(同作はシリーズ化され、全5作を製作。武術面でのアドバイスを続ける)。同年、(株)福昌堂より本邦初となる中国武術専門誌「武術(う〜しゅう)」創刊、実質的な編集顧問として関わる。昭和58年、日本武道館開館20周年記念として企画された「日中親善武道演武交流大会」の実行委員を務め、馬賢達、何福生、陳立清などの名家を招聘することに多大な貢献をする。
昭和61年、福昌堂よりビデオ「戦士の詩」発売。翌昭和62年、49歳の時に中部大学工学部助教授(当時)の吉福康郎の要請に応え、発勁(寸勁)衝撃力測定実験に協力する。そして昭和62年、50歳の時に「週刊少年サンデー」で「拳児」が連載開始。平成4年(1992)まで続いた連載によって、中国武術の魅力を広く一般へと啓蒙する。
40代での大陸との交流は、武術遍歴の幅を飛躍的に広げたが、特に馬賢達により馬氏通備門に傾倒。その後、「武術の郷」滄州で強瑞清伝八極拳に出会い、その吸収に努める。また、心意六合拳に出会い、自らの性質に合致したその拳風を学ぶ中で、中国武術の一大ルーツを訪ねて、少林寺心意把などの本格的な研究に没頭する。
平成12年、(株)BABジャパンの「月刊秘伝」5月号より「松田隆智の拳遊記」連載開始(同連載は平成17年『松田隆智の拳遊記』、翌平成18年『松田隆智の続拳遊記』として刊行)。平成15年12月、65歳で形意拳の崩拳100万回行を開始、翌平成16年4月に完遂。同年、来日した呉氏開門八極拳七世掌門人、呉連枝と21年振りに再会。これを契機に、以後、呉連枝との交流を深め、呉氏開門八極拳の練習に注力する。同年7月より八極拳の冲捶100万回行開始、翌平成17年2月に完遂すると、そのまま一千万回行へと移行する。当時、67歳である。
平成23年に『拳法極意 発勁と基本拳』刊行、翌平成24年に最後の著書となる『拳法極意 絶招と実戦用法』刊行(共に(株)BABジャパン)。平成25年7月24日、急性心筋梗塞により永眠する。享年75歳。法名:崇西隆智信士。突き一千万回行はその記録から291万7200回強で未完ではあったが、心停止で倒れる7月22日未明の数時間前まで稽古を続けていた記録が残っている。
その存在は、現在の日本における中国武術はもちろん、広く伝統武術の世界を方向づけた、未曾有の"燈台"だった。

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