「自分は居合の事を何もわかっていなかったのかもしれない。」
ともすれば、これまでさんざん居合を修練してきた者にもこう思わせてしまう、それくらいの破壊力、革新性がこのDVDにはある。
本DVDは、武道家にして舞踊、俳優などに及ぶまで広いジャンルに信奉者を持つ日野晃師範による、「居合」をテーマとしたもの。
居合と一口に言ってもさまざまな定義が存在するが、広義の解釈をとれば、「"抜く瞬間の事"を極限的にまで追究した武術」と言えるだろう。だからこそ、よく言われる「鞘の内」なども重要な位置付けとなる分野なのだ。抜いた状態から始まる「剣術」とは、そういう相違がある。そして同時に、どんな種類の武術にも、どんなシチュエーションにも応用のきく事をやっている、と言っても過言ではないだろう。
相手に胸ぐらを掴まれた状態から、その相手に気づかせぬまま瞬時に抜刀し切先を突きつける、というTVでも何度か公開されている日野師範の演示を見た事があるだろうか? 単純に「スゴい! カッコいい!」と思ってしまうものだが、一番驚かされているのはもちろん胸ぐらを掴んでいる相手である。まったく気づかぬまま、切先を突きつけられている状況のいかに恐ろしい事か。
相手に気配を見せぬまま抜刀する事は、流派問わず、例外なく居合の共通目標だろう。本DVDにおいても、出色は何と言ってもここだ。
「余計な力を抜け」というのが、広く行われている指導だろう。実際、顕したくない予兆であったり、動作のブレやのろさの元凶は"余計な力み"にある事がほとんどだ。しかし、無意識に"余計な力み"を発生させてしまっている者に対してそれをなくせと言って、果たしてできるものだろうか?
日野師範は時にこう指導する。「あえて力んでやってみろ」と。すると、むしろ気配の消えた動きに近づいたりするのだ。
これは、力む事によって、その力んだ所の感覚を意識させる、という目的をもったもの。要するに、何も意識も感覚も働かせない抜刀では、何の稽古にもなっていない、という事なのだ。
もちろん日野師範はこの「あえて力んだ抜刀」を理想の動きとしている訳ではない。稽古のプロセスとして行わせているものだが、ここを経ないばかりに"理想の抜刀"に一向に近づけないでいる方は少なくないのではないだろうか? その意味で、これは革新的な稽古法だ。
本DVDは、「正しい動きを教えるHow to」と言うよりは、「誰も知らない、誰も行っていない新たな稽古法を提示する」ものになっている。この革新性は日野師範ならではのものであり、多くの居合修練者に気づきを与えてくれるものだろう。
冒頭、日野師範は「私たちは『鞘の内』をこそ、研究している。」と口にする。それが何を意味しているのかを知るだけでも、本DVDは一見に値する。