1980年代の中国武術ブームへ先駆けた先駆者であり、瀬戸敏雄師範、松田隆智師範などの教えを受けて本邦中国武術の発展をリードした一人であった、中国武術武慧会の竹井三雄(正巳)師範が今年4月16日に多臓器不全のためお亡くなりになっていたことが分かりました。享年68歳。
竹井師範は1950年(昭和25年)2月9日生まれ。東京都出身。小学校中高学年の時、のちに太極拳を通じた勁力の強大さで知られる徳晋会の瀬戸敏雄師範と同級生として過ごした日々が武道・武術への興味のキッカケとなったと答えています。獨協大学入学時に少林寺拳法部へ入部。同じく国士舘大学の少林寺拳法部で、すでに指導的立場にあった瀬戸師範に指導を受けるようになり、当時、瀬戸師が研究していた太極拳なども学ぶようになったとのこと。卒業後、本格的に瀬戸師範の元へ入門、激しい組手などもこなす2年間を過ごすものの、仕事の関係などから足が遠のくこととなったと言います。その後、1975年、25歳の時に松田隆智師範と出会い、松田師範が最初に主宰した中国武学研究会の初期メンバーとなられました。指導者としての模索の時代にあった松田師の組手指導など、貴重な教えを受ける一方、師の多くの著書で演武相手などを務めています。松田師範からは八極拳、螳螂拳、太極拳(陳家)、形意拳、八卦掌などを学ぶだほか、師の勧めにより日本武道も剣道三段を修得。そのほか、佐川道場(佐川幸義師範主宰)で学ぶ友人を通じて大東流合気柔術も独自に研究を重ねるなど、多くの武道、武術を学ばれました。
本誌「月刊秘伝」においては、2005年5月号にて「我が修業時代」と題するインタビューを、2008年7月号から2009年5月号まで隔月にて、人体のツボを意識した独自の太極拳修得理論を展開する「竹井式太極拳理論」を連載いただきました。また、2010年6月号の太極拳特集では陳式太極拳における丹田と方向性の大事を、2013年11月号の松田隆智師範の追悼特集では同じく中国武学研究会メンバーであった高橋賢師、太田重明師と追悼座談会を開いていただくなど、様々、御登場いただきました。
2015年に行われた「松田隆智先生三回忌追悼演武会」では、体調のすぐれない中、一門の最長老として陳家太極拳老架式を表演され、演武のトリを務められました。謹んで御冥福をお祈り申し上げます。